人工括約筋(AMS-800)を希望される方へ

 尿失禁は様々な原因から発生します。尿失禁は膀胱に原因がある場合と、尿道括約筋に原因がある場合とに分類できます。このうち、尿道括約筋に原因がある場合に人工尿道括約筋の植え込みの適応となります。人工括約筋埋込み手術は平成24年4月から健康保険が使用できるようになりました。

1) 尿失禁と行いうる他の治療法
 尿失禁とは尿が漏れることをいいます。今回の手術の適応となる方は尿道括約筋に原因があり、尿道括約筋の機能が十分果たせないために重症の尿失禁となっている方です。尿道括約筋機能が低下する原因として先天性(生まれつき)の疾患によるもの、外傷(骨盤骨折など)によるもの、前立腺癌や膀胱癌、前立腺肥大症などの手術によるものが知られています。これまであなたは尿失禁用のパッドやおむつなどを使用して生活していらっしゃったかと思います。通常我が国において尿道括約筋機能の低下による尿失禁に対しては以下のような治療法が選択されます。

 a) 骨盤底筋体操
 b) 尿道コラーゲン注入
 c) 抗コリン剤やβ刺激剤などの薬物療法

骨盤底筋体操は骨盤の筋肉を鍛えることにより尿失禁を減少させる方法ですが、これまですでにおこない、有効ではないと判断されておられることと思います。尿道へのコラーゲン注入は尿道内にコラーゲンを注入することにより尿失禁を減少させる方法ですが有効率は30%程度といわれ、有効期間も必ずしも長くはないといわれています。薬物療法は尿道括約筋機能低下による尿失禁に対しては根本的な治療法とはなり得ません。もちろん今回の手術を選択せずにこれらの治療を再度試してみることをご希望の場合にはあなたのご希望に添って治療を行います。

 人工括約筋埋込み手術以外の手術法として

  a) スリング手術
  b) ProACT手術

などの手術法も欧米では行われています。これらの手術法では残念ながら日本においては認可されておらず、一部の施設で研究段階としてスリング手術が行われている状態です。欧米の研究ではこれらの手術は人工括約筋手術よりも軽症の方に行われることが多いと報告されています。もちろんそれらの手術をご希望になる場合には行っている施設への紹介は可能ですので申し出てください。

2) 人工括約筋埋込み術の実際
人工括約筋は尿道の周りにシリコン製のチューブを巻き付けその中に液体を充填することで尿道を圧迫し尿失禁を治療します。この手術は全身麻酔下に行う必要があり、全身麻酔をかけることに問題がある場合には受けることができません。全身麻酔の実際と危険性については別冊の説明書を十分お読みください。また不明な点については主治医あるいは麻酔担当医にお尋ねください。

人工括約筋は3つのパーツに分かれています。尿道を圧迫する部分、液体を貯留しておく部分、陰嚢内に設置して尿道括約筋を動かすスイッチとなる部分です。このうち、尿道の部分にはあなたの尿道のサイズに合わせたサイズの部品を埋込みます。このうち、スイッチの部分には少量の金属が使用されています。現在確認できるもっとも出力の高いMRIの磁気でも反応しないことから、MRIの検査を受けることに支障はありません。また飛行機に搭乗する前の金属探知機でも問題ないことが確認されています。

人工括約筋(AMS-800)を希望される方へ

手術を行った後には2ヶ月程度尿道括約筋をゆるめたまま動かさないで尿道になじませる必要があります。これを行わずに早期から動かした場合には尿道の萎縮や炎症による括約筋の尿道内への脱出が起こりやすいといわれており、最悪の場合には摘出や再手術が行われる場合もあるので必ず守ってください。
 手術後の尿道カテーテルは通常手術翌日に抜去します。その後には尿失禁はこれまで通りおこると考えられますのでこれまで通りの対処をお願いいたします。
 術後約10日間程度抗生物質の内服を行っていただきます。

3) 効果の可能性
 これまで人工括約筋の手術成績の報告は多く見られます。代表的な報告では、術後3年でパッド使用が1日1枚以内となる割合が96%という報告が見られます。他のグループの報告では6.5年の経過観察で88%の成功率との報告も見られます。いずれにしても高い有効率ではありますが、必ずしも100%の有効率ではなく、一部には効果が見られない方もいらっしゃいます。その点を十分ご理解ください。

4) 合併症の可能性と対処方法
 人工括約筋の植え込みに当たっては合併症の可能性が否定できません。以下のような合併症が人工括約筋の手術により報告されています。また他の外科手術と同様にある一定の確率で深部静脈血栓症などの致死的な合併症が発生すること、予想できない合併症が発生することは否定できません。その場合、可能な限り適切な検査治療を行います。

a) 創部の感染
尿道に異物である人工括約筋を埋め込むため創部の感染には万全の注意を払って手術を行いますが完全に感染を予防することはできません。これまでの報告では創部感染の起こる割合は4.5%から15%という報告も見られます。創部の感染が起こった場合には可能な限り保存的に経過を見ますが、どうしても人工括約筋を摘出せざるを得ないこともあることをご理解ください。

b) 機械の初期不良によるトラブル
人工括約筋はその誕生から改良を重ね、初期不良がかなり少なくなっています。しかし、報告では3%以下ではありますが初期不良が報告されています。この場合、再手術が必要となる可能性があります。

c) 尿道のびらん
尿道に炎症がおこり、びらんが発生することがあります。一時的に人工括約筋の使用を制限する可能性もありますが、改善しない場合には摘出が必要となる可能性が否定できません。

d) 長期に使用後に発生する尿道のびらんおよび尿道の萎縮による尿失禁の再発
長期に人工括約筋を使用している間に尿道自体の萎縮が起こり、十分尿道を圧迫できなくなり尿失禁が再発する可能性が報告されています。尿道の萎縮を予防するために尿道を圧迫する圧は低く保たれていますが、動脈硬化などにより血流が不十分となり萎縮することも報告されています。この場合、尿失禁が再発します。多くの場合、ご希望があれば再手術も可能である事を申し添えます。

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