手術・病状説明書(ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺摘除術)
前立腺癌手術におけるロボット支援手術
今日さまざまな泌尿器外科手術手技において、従来の開腹手術は内視鏡を用いる低侵襲手術へと変換されつつあります。内視鏡を用いる低侵襲手術の利点は、より早い術後の回復および経口摂取、より短い入院期間、術後疼痛の軽減、美容上の美しさ、そして医療費用の削減などが挙げられます。
手術支援ロボットはストレスの少ない、より複雑で細やかな手術手技を可能としており、また3次元による正確な画像情報を取得できるため、より安全かつ侵襲の少ない手術が可能となります。ロボット支援手術は、今までの内視鏡手術の利点をさらに向上させうる、次世代の医療改革の一端を担った分野であります。手術支援ロボット“da Vinci S Surgical System(ダ・ヴィンチS手術システム)(Intuitive Surgical, inc.)”は、繊細で正確に作動する鉗子・鮮明な3次元画像を有した優れた手術支援システムです。
このダ・ヴィンチS手術システムは、欧米を中心にすでに医療用具として認可され、1997年より臨床応用され、米国では約1450台、欧州では約350台、韓国では約40台(2011年6月時点)が稼動し、前立腺癌に対する根治的前立腺摘除術のおおよそ70%が本ロボット支援手術で施行されている現状です。日本においても急速に普及しつつあり、2011年までに30台以上が稼働しており、2012年4月に‘前立腺癌に対するロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術’が保険適応になりました。ロボット手術支援腹腔鏡下根治的前立腺摘除術は、腹腔鏡下根治的前立腺摘除術をロボット支援下に行うものですが、従来の手術法に比べてより繊細で、正確な手術を行うことができ、根治性、尿禁制(尿失禁がない状態)を含む機能温存においてより優れていると考えられています。
手術方法
- 1.ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術とは
限局性前立腺癌に対する手術です。前立腺と精嚢の摘除、尿道と膀胱を吻合するもので、早期の前立腺癌に対する有効性が確立された治療方法の1つです。
- 2.ロボット手術の利点
従来の開腹手術による根治的前立腺摘除術に比べて、
- 傷が小さく痛みが軽度です。癌の治療実績は従来の手術と同等です。
- 術後の回復が早い:大多数の人が手術翌日に自力で歩くことができます。また、手術翌日に食事をとることができます。
- 出血量が少ない:腹腔鏡手術により、従来の前立腺手術の難点である出血量について改善が得られることが知られています。この手術法では他人の血液を必要とする輸血の確率は5%未満とされています。
- 症例によっては前立腺周囲に走行している神経血管束(男性機能や尿道括約筋機能に関連)を温存することにより、術後の尿失禁や男性機能の保持・回復が早い傾向があります。

- 3.本手術の手順・注意点
- 腹部にポートを設置(切開穴は5-12mmで、全部で6カ所)
- 前立腺を剥離・切除したあと、膀胱と尿道を吻合します。
- 中リスク群以上は骨盤のリンパ節郭清を行います。
- 手術時間は概ね約3-6時間を予定しています。
- 術中判断により、開腹術へと変更することもあります。



- 4.本手術の危険性(根治的前立腺摘除術全般に共通する)
1)手術中・手術直後
- 予想以上の出血があった場合には、輸血が必要になることもあります。輸血による合併症が起ることもあります。
- 周囲臓器損傷:3〜4%程度の頻度で直腸、尿管を損傷することがあります。通常手術中に修復できますが、直腸の損傷ではごくまれに一時的な人工肛門が必要になることがあります。開腹手術による操作が必要になる可能性があります。
- 感染症:通常手術後2〜3日は発熱します。発熱が持続する場合でも一般的には抗菌薬の投与で軽快します。
- まれに感染(手術創、術後の呼吸器感染等)などによって傷が開くこともあります。
2)手術後
- 尿失禁:従来の手術では、90%以上の方が尿もれ(尿失禁)を経験します。しかしおよそ9割の方は、術後1年以内に改善します。術後生活を制限するのではなく、通常に戻すことが早期回復につながります。
- 性機能障害:原則として両側の勃起神経は前立腺と一緒に切除しますが、癌の浸潤が限られ患者さんの希望がある場合、勃起神経の温存を目指すことも可能です。
- 尿道狭窄:膀胱と尿道の吻合部が狭くなり排尿困難感が強くなることがあります。排尿困難が高度な場合には内視鏡的に広げることもあります。
- リンパ嚢胞:術後にリンパ液が貯留して嚢胞を形成することがあります。穿刺吸引などの外科処置が必要な場合もあります。
- 創ヘルニア:傷の下の筋膜がゆるんで、腸が皮膚のすぐ下に出てくる状態で、再手術が必要になることがあります。
3)その他 (すべての手術に関係する一般的合併症)
- 術後の創感染:傷の縫い直しが必要になることもあります。開放手術より腹腔鏡手術では起こりにくいと考えられます。
- 深部静脈血栓症による肺梗塞:おもに足の血管の中で血液が固まり、これが血管の中を流れて肺の血管を閉塞する、重大な合併症です。この合併症を予防するために、手術中には下肢に弾力性のある包帯を巻きますが、術後できるだけ早く歩行していただくことが大切です。
- 皮下気腫:内視鏡操作の合併症です。二酸化炭素が皮膚の下にたまって不快に感じることがありますが、数日で自然に吸収されます。
- ガス塞栓:二酸化炭素が血管の中に入って肺に血液が通らなくなるもので、まれではありますが危険な合併症です。
- 術後の腸閉塞:術後に腸が癒着し、再手術が必要になったとの報告があります。
- 術後の腹膜炎:小さな腸の傷に気がつかなかった場合、後で腹膜炎となり、再手術が必要になる場合があります。
- 5.術後の処置・経過観察
- 手術後の経過観察は、従来の開創手術後と全く同様です。術後特別な合併症がなければ、約6日間で尿道カテーテルを抜去します。排尿状態に問題なければカテーテル抜去後数日で退院していただきます。
- 退院後の術後経過観察としては、従来の開創あるいは腹腔鏡下根治的前立腺摘除術と全く同様に、排尿状態や性機能の評価、血清PSA等を定期的に行います。